世界を憎む人のモチベーションはどこから生まれているのか

「美人は凛として強く、やり捨てされることなど恐れている様子がない」

みたいなツイートをしたら、FF外から興味深いリプライがあった。


「いい顔で生まれてきたんだから、感謝してほしい」というものだ。


美人は恵まれているから周りに感謝しろ、ということだろうが、美人からすると感謝を強いられる筋合いはない。
むしろみんなを幸せにしている分、感謝されてしかるべきだ。

なので、なるべく怒らせないように、そんな感じのリプライを送ってみた。

すると、

「はいはい。男はみーんな美人の味方ー。
でもって女はみーんなイケメンの味方言うことで―ww」

とリプライがあった。

このリプライを見て、思わず口を押さえた。


歪んでる...。


「男はみーんな美人の味方ー」

という響きから推測するに、何か小さい頃に自分が損して、美人が得するような場面があったのかもしれない。

この方のツイート欄を見ると当然のように男はクソ、みたいなツイフェミらしき主張があった。
と同時に、美人を憎むような節もあり、何が何だかよくわからない。

最近、下記のツイートで論争が繰り広げられていたこともあって、男を憎む人達の憎しみがどこから生まれているのか興味があった。

ツイッターで「差別を是正するためだ!」と怒りまくっている人が何を考えているのかに興味が出て、ツイートを覗いてみると、ものすごく消耗した。

全てのツイートから怒りが滲み出ているからだ。


その不満はどこから来ているのだろうか?

なぜ、不満をツイッターにぶつけるのだろうか?


勝部元気のような人間が商売のためにフェミニストを売りにするのはまだ理解できる。
彼は徹頭徹尾、自分の(金だけではない)利益のために動いているのでわかりやすいが、何の利益にもならないのに世の中を呪っている人のモチベーションはどこから来ているのだろう?

世の中への復讐だろうか?
それとも、「不平等な世界を正したい」という崇高な志を持っているのだろうか?

ここ数週間、ツイフェミ的な人のツイートを眺めていると、驚くほど主張が似ていることがわかる。

  • フェミニスト(ツイフェミ)
  • アベ政治を許さない
  • 山本太郎を支持する
  • 沖縄問題をなんとかかんとか


世の中に不満を持っている人が、その不満のはけ口にツイッターを使っているようにも見える。
この記事が見つかるとまた怒られるのだが、そもそも自分がどう見られているかを論じられただけで怒りまくる時点でだいぶヤバイと思う。


それで自分の経験上、間違いなく言えるのは、世の中を変えるよりも、自分が変わるほうがはるかに簡単だし、幸せになれるということだ。

「世の中を変えよう」と考えると、利害関係者が多すぎてどんなに主張しても思うようにいかず、ストレスばかりが溜まる。

「会社を変えよう」も同じことだ。
たくさんの人が関わっている集団を変えるのは本当に難しい。

自分を完全に犠牲にして、世の中を変えることに命を賭ける、という幕末の志士のような生き方をするのもいい。

ただ、制度を変える、体制を変える以上に難しいのが「思想を変える」ことだ。

他人の考え方や価値観を変えるのは本当に難しい。

もし世の中を変えたいのであれば、先に制度を作って、人の価値観は変えようとせず、徐々に変わっていくのを待つのが得策だと僕は思う。
「男のこんなところはクソ」「こんな広告があって腹が立つ」と主張することに意味はない。


それで、世界を変えるよりも簡単なのは自分が変わることで、これは幸せになりやすい。

世の中を歪んだ目で見ずに、

「こういうものなんだ」

と理解した上で、自分の振る舞い方を考える。
自分を世の中に合わせて変えていく。

そうやって自分が得するための努力をした方がよっぽど実りやすい。

他人を変えるためには、直情的に怒りをぶちまけるのではなく、もっと遠回しに泥臭い調整をしなければならないはずだが、そういう細かい作業は冷静な人でないとできないし、冷静な人はそんな面倒くさいことをやろうとしない。

だから、ツイッターで騒いでも世の中はあまり変わらないのだ。