ナンパを続けて何か積み重なるものや、成長はあるのか?

僕はナンパが好きだ。
最高にエキサイティングな趣味といってもいい。

街に出かけたついでにすれ違った女の子に声をかけて、LINEを交換する瞬間は最高だ。
脳からアドレナリンがドクドク放出されて、病み付きになってしまいそうになる。

この最高にエキサイティングなところが、ナンパ依存を引き起こす一つの要因でもあると思う。

スマホゲームに依存する人はたくさんいる。
電車の中を見ると、乗客の半分以上はずっとスマホのゲームで遊んでいる。

スマホゲームに依存するのは、ランダムに報酬が与えられて、射幸性が煽られるからだ。
続けることでレベルが上っていくのも、依存を生み出す一つの理由だろう。

ナンパはリアルスマホゲームである。
ランダムに「女の子との出会い」という報酬が生み出され、成功するか失敗するか、常にスリリングな駆け引きを要求される。
肉体的には疲れるが、うまくいけば一緒にホテルにいけるかもしれない。

ナンパから生まれる依存症はスマホゲームに近いものがある。


さて、ナンパには積み重ねがあるのか、という議論がツイッターで行われていた。


ナンパに魅了された人、いわゆるナンパ界隈では、ナンパを何か神聖なものとみなす傾向が強い。
ナンパができない人を見下し、ナンパを続ければ自分の魅力が高まり、仕事もうまくいき、自分を別次元の場所に連れて行ってくれるかのように考えている人がけっこういる。

ナンパ界隈の価値観に染まると、ナンパがうまいかどうかで人を評価するようになる。
年間何人とセックスしたかでマウントを取り合い、「誰が凄腕か」「どんな女とセックスしたか」で人を論じるのだ。

そんな価値観が当たり前の世界にいると、ナンパができればすごい人になれると考えてしまいがちだ。
中学で「喧嘩が強いヤンキーがすごい」と思っていたのと似ている。
その世界においてはすごい人なのだ。

しかし一度冷静になって考えると、ナンパは美味しいラーメンを食べて幸せになるのと同じで、その先に何か積み重なる類のものではないことに気付く。

ナンパはエキサイティングで、楽しくて、最高の趣味ではあるが、ナンパが上達したところで何か積み重なるかと言えば、そんなことはない。

連絡先を交換した女の子とも疎遠になっていく。
見た目は加齢と共に衰えていく。アラフォーにもなると、ストリートナンパの成功率は下がっていくだろう。
アラフィフになると、もはやナンパでは通用するまい。

ナンパ講師の人とか、ナンパにのめり込みまくっている人は、

「お前の意識が低いのだ」
「実力がないから加齢に勝てないのだ」

と主張するが、ごく一般的に考えて、加齢による見た目の衰えは当然のことで、ナンパのスキルでそれを補ったところで、それは下りのエスカレーターで必死に上に向かって走っているのと同じだ。
少し休んだら、すぐに下まで落ちてしまう。

ナンパの成功率は人間が年をとる限り、少なくなっていくものなのだ。

「ナンパによってコミュ力が鍛えられて仕事にも活きる」

という人もいるが、それは元々コミュ障の人にとっての見解で、元々コミュニケーションが取れる人がナンパでコミュニケーションが上達する余地はそれほど多くはないだろう。

ナンパによって鍛えられたコミュ力は特殊なものなので、むしろビジネスの場ではマイナスになることの方が多いといえる。

ナンパでは相手に踏み込んでいったり、グイグイ距離を詰めたり、屁理屈でその気にさせたり、自分にとってメリットがなかったら損切りしたりすることが多いのだが、それは性的な距離を詰めるのに有効な技術であって、同性の人間と信頼関係を築くものではない。

何度もいうが、ナンパは最高に楽しいが、あくまで趣味として楽しいものであって、ずっとナンパだけを続けたからといって、バラ色の人生が待っているわけではない。

加齢と共に積み重なるものは自分のビジネスだったり金融資産、専門能力だったりであって、それらは年をとると減るようなものではなく、むしろ複利でどんどん自分の資産を増やしてくれる。

「10年後に残るものに投資する」という考えを持っていれば、ナンパで資産を築く、ナンパで成長する、という考え方は少しずれていると思えてくるだろう。

ナンパは最高に楽しいものだが、美味しいラーメンと同じだ。
その場で楽しんで、良い思い出になって、幸せな気持ちになるが、食べ過ぎると肥満の原因になるし、お金もお腹もキツくなる。

ナンパに没頭するのは、他にやらなければいけないことを後回しにすることでもある。
筋トレや食事制限を後回しにしてラーメンを毎日食べることと同じだ。
若いうちはそれでいいが、年をとると辛くなってくる。

ラーメンを愛しながら、別の事業で成長を求めていくのがいい。