年上のおじさんが若者に「教養がない」と説教するのは滑稽である

美人藝大生のQ子さんのツイートが物議を醸し出している。


彼氏がQ子さんに向かって下記のような内容のメールを送ったそうだ。

  • 君は教養がない
  • 友人を紹介するのが恥ずかしい
  • 教養がない君に年間50冊本を読ませることを決意した
  • 素敵な女性、尊敬される女性、尊敬されるアーティストになるために勉強してほしい
  • 歴史の勉強は教養の根幹である
  • だからマンガ世界の歴史、日本の歴史は必ず読みなさい

教養が大事、というのは本当にその通りで、僕自身、もっと勉強しておけばよかったと思うことばかりだ。
歴史を学ぶのが大事というのもわかる。

歴史を学ぶことで、どういった経緯で「今」があるのかがわかる。

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶとビスマルクは言ったそうだが、歴史を学ぶということは、過去の人々の経験を自分のものにするということでもある。

先人の失敗から学ぶことができるのだ。

しかしそこで「勉強しろ」と言って差し出したのが「マンガ日本の歴史」というのはどうだろうか。
僕も勉強法マニアなので、マンガ日本の歴史は全部読んだことはある。

ざっと歴史の流れを掴むのにマンガは大変便利だ。
受験勉強の最初にマンガを読むと、細かい出来事が頭に入ってきやすい。

が、所詮は教科書なのだ。
僕はセンター試験の日本史は満点近かったが、そこで記憶した知識が人生の教訓になったかというと、そうでもない。

事実の羅列を記憶したところで、教訓は得られないのだ。

歴史から何かしらの教訓を得るためには、表面の出来事をなぞるのではなく、没入するのがいい。
教訓とは、出来事から何かしらの自分の指針を得ることだ。

賛否両論あるだろうが、僕自身は歴史小説を読んだとき、初めて歴史から何かを学べた気がした。

とまあ、こういう真面目な内容は本ブログで書くとして、この説教おじさんの問題は、20歳も年下の彼女にドヤ顔で説教しているところかな。

20年の年の差だ。
生まれた赤ちゃんが大学2年になるくらいの生きてきた時間の差があるわけだ。

それなのに、

「君は教養がない」

とドヤるのはちょっと自分の年齢に無自覚過ぎる。

社会人になると若い人と同じテーブルでお酒を飲んだり、遊びに行ったりすることもあるので、うっかり年の差を忘れてしまいがちだ。
しかし、40歳のおっさんと新卒の子では20歳も年が離れているのだ。

40歳の課長が新人に

「君は仕事ができなすぎる。僕に比べて仕事を知らなすぎる」

みたいなことを言っていたら、多くの人は「何ドヤってんだこのおっさん」と思うだろう。
それと同時に、

「お前と同じくらいの年になる頃には、俺はお前を超えているよ」

と思うはずだ。

まぁ、何が言いたいかというと、例のツイートで彼がすすめていた「マンガ日本の歴史」は20年もあれば誰でも読み切ることはできるだろうし、歴史の知識がある程度でおっさんが若者に上から目線で説教する意味はないのだ。

最後に、「自分がこれを知っているが、お前はこれを知らない」といってディスるのは、いずれブーメランになるからできるだけ控えた方がいい。

歴史のことを知らない若者をディスっても、逆に若者は自分が知らない美術の世界を知っているかもしれないのだ。
若者から見たら、「おっさん、こんなことも知らないの?恥ずかしい」となるだろう。

教養マウンティング合戦は不幸しか生まない。
すべてを知っている人などいないのだ。